独自ドメインでつまづいた

先日、独自ドメインの管理会社からの案内でドメイン使用の有効期限の更新時期を知らせて来た。

まだ、半年先なので更新はもっと後でしようと思っていたけど、まぁ早いにこした事は無いのでネットでシャカシャカと打ち込んで終わらせたつもりだった。

何せ、独自ドメインは色々な方に覚えて頂きやすいし、使いかっても良いし、で@kawaku.comが使用できなくなるとどうなんだろうと考えているうちに、パソコン画面から要領よく手続きが終了した。

更新が終わった後に、アンケートがあった。普段はあまり回答しないのに、ふとした仏心で(たいした事ではないのに)書き込んで行き、これも無事終了と思って、後はイエス、イエスにクリックして無事終了と思い、パソコンを終了させた。

何通か確認メールが届いたけど、これもドメインの使用延期について無事完了しましたよ、というメールと目出度く勘違いをしていた。

翌日の勤労感謝の祭日はゆっくりと起床し、メールチェックをしても何も入っていなくて、「おー、最近の祭日は皆さん仕事を休んでメールしないんだ」「迷惑メールもお休みだな」と日頃の勤労に感謝を捧げ、日頃できない事をしながら1日を過ごし、「おー、やはり勤労感謝の日は、メールもお休みだな」と晩にメールチェックをしたけど、何も入っていないのでゆっくりと就寝した。

翌朝は、自宅でチェクしたけど「まぁ、祭日明けはまだ届かないんだ」とお気軽に会社に行き、会社でチェックした頃に、ようやくおかしいと思いだした。

よくよく調べると、ドメイン管理の会社から「弊社のサーバーご利用案内」が、最初に来たドメイン更新手続きの中にあった。そしてよくよく見ると、弊社サーバーのご案内があって、そこからうかつにも申し込んでいた。

2社を上手に使い分ければ良いのだと思ったら、そうではなかった。

勘違いをして申し込んだサーバーに、申し込んだ30分後には契約が完了し、そしてメールの設定やら色々が新しい設定になっていた。

それで、サーバー使用料を現在使用している会社と、ドメインの管理会社と2社に二重に支払えばいいのかと思ったら大間違いだった。

メール受信の設定がまるで違う設定に新しいサーバーでされていて、通信設定をし直さなければ永遠にメールが届かない事がわかった。

知らなかった、ではすまない事態になった。「凄く、困った」

ネットを管理して頂いている友人の手助けで何とか、以前の状態に復旧できる目処をたて、ドメイン管理会社に断りを入れて作業は終わった。

と、思ったら、回復までには最長72時間はかかると言う。

自分の落度だけど、しかしなぁ「パソコンのキーボードは気をつけて打ちましょう」ってキャンペーンでもしないと、おじさんは判らん。

冬の木枯らしが身にしみまっせ。

 

今年の新米は美味しい!

今年の新米は本当に美味しい。

この数年来、山口県山陽小野田市埴生(はぶ)の農家、網地(あみじ)さんにお願いして、お米を造って頂いている。

昨年は猛暑の影響も有り、若干小振りで例年と比べて少し味は落ちたが、それでも立派に美味しいお米だった。

昨日、網地さんの奥様から連絡を頂き、「今年の新米が出来たので、味を見て下さい」と有り難い連絡があった。

今日の夕方、唐戸の店でお米を炊いてもらい食べてみたら「ぶち旨い」ご飯だった。

何と言うか、兎に角、食べてみたら体中に喜びが湧いて来る感じだった。

丁寧に,丁寧に造って頂いたお米。近日中には新米で「ふぐ刺しぶっかけ丼」や「ふぐ天丼」を唐戸のお店でお出しする事ができる。

凄く楽しみで、凄く嬉しい。

網地さん、お天道様、ありがとうございます。

「頂きまーす」

^^

Macである事

三年前のある日、私はMacに出会った。

私がf1990年代前後頃のパソコンの草創期から始めたのは、ずっとマイクロソフトだった。

バソコンを起動して、仕事にとりかかるまでパソコンは私に何時もコーヒータイムを与えてくれた。とてもスローモーなパソコンは何時も皮肉れた子供の様に私を困らせた。パソコンは起動時に時間がかかり、そしてフリーズし、電源をおとしても直ぐにはスリープしないものだと思っていた。

煩雑な操作、製作中の文章や、デザインがフリーズして、私のアイディアーをいとも簡単にバソコンは何処かに持ち去り、そして消し去るのが常だった。

Windowsはそんな物で、不便でも皆これを駆使し、私と同じ思いをして、我慢しながら、慎重に、尚かつ丁寧にバックアップして、使っているのだと、私は何時も不満を持ちながらパソコンを使っていた。

3年前のある日、友人が1枚のDVDを見せてくれた。

友人が制作したDVDは、共通の知り合いが10年近く行っている、ある教育活動の内容を動画を含めて多くの写真とともに、ナレーションいりで制作されている、素晴らしいものだった。

私が、何処の制作会社が造ったDVDかと訪ねたら、いとも簡単に「自分か制作した」と言った。私は絶句した。これが素人が造ったものと思えなかった。

作り方を聞く私に「これはMacで制作したもので、Macが言う通りに従って出来上がった物」だと言う。

その3日後に福岡のMacの店頭に私はいた。

そして三年前に私はWindowsとお別れした。Windowsで色々な作業を長年していた私は、Macと出会ってから既成概念というものに疑問を抱く様になった。

私の中でイノベーションが起った。

Macの素晴らしさは、いまさら私が説明する事までもない。

Macは私のアイディアーを何時もクリエイティブにしてくれ、何時も従順に仕事をしてくれる。

Macと一緒にする仕事で飛躍的に作業の内容が向上した。壊れないデーター。ノートパソコンのMacは、例え資料の製作中でも、ノートをたためば静かに寝てくれる。

そして、いつパソコンを開いても直ぐに作業中の仕事を継続してくれる。動画を入れても重くならない。

私のライフスタイル、思考、仕事の効率化、クリエイティブ、全てが三年前に手に入れたMacが変えてくれた。

素晴らしいMac。

ステーブ.ジョブズ 偉大な先駆者に畏敬の念を抱いている。

 

金曜スーパープライム 「日本縦断!隠れ激ウマ丼100連発SP」

先日、日本放送の取材があり「ふぐ刺しぶっかけ丼」を紹介して頂く事になった。

その番組が http://www.ntv.co.jp/program/detail/122248230.html

で、ウエンツ瑛士、次長課長の課長、西村知美さん達の三人が来られて楽しく収録して頂いた。

金曜スーパープライム 「日本縦断!隠れ激ウマ丼100連発SP」

と言っていたので、どんなのが集まるか、楽しみ。

皆さんも是非、ご覧下さい。本日午後7時から全国放送です。

 

 

 

 

9.11に思う

あれから10年の歳月が流れた、あの日の第一報はある会合が山口市であり、帰路の21時過ぎ頃だった。

こんな事が本当だろうかと、誰しもが思ったと思う。そしてアメリカは中東で泥沼に入り込んで行ったのだ。

ブッシュはあの惨事で、少なくともアメリカの愛国心をあおり立てた。そしてオバマは「チェンジ」と訴え、アメリカを新たな時代に導いている。

今年日本では3.11があり大惨事になった。

毎年行われている8月15日の終戦記念日。今年は何処か今迄に無い815だった気がした。

私は年号が昭和から平成にかわってもずーっと8月15日が身近に存在すると考えていた。

しかし、私の中で歴史の転換期が来た様に思っている。私達は3月11日を乗り越えないといけない。

終戦記念日は風化させてはいけない。しかしこの3.11を経験した私達は今迄の生活から脱却し「チェンジ」しないといけない。

確かな足取りで未来に向かって。

関門海峡花火大会

明日、8月13日午後8時から約1時間、下関側と対岸の門司港側からドドドット花火を打ち上げる「関門海峡花火大会」があります。

関門海峡花火大会をユーストリームで実況生中継をしますので是非ご覧下さい。http://www.ustream.tv/channel/​fukusashi
8月13日午後8時から約1時間。楽しみです。

只今の時間帯はフグ料理の番組が流れていますが、13日午後8時からは案内がかわりますので、何卒宜しくお願い申し上げます。

最新の医学に驚いた

知り合いが心臓の手術をして、心臓の弁を取り替える大手術を2週間前に行った。血管は動脈硬化でかなりボロボロに痛んでいて、更に心臓の弁はポロボロの機能停止寸前と言うはなしだった。

手術は11時間に及ぶ大手術で、その半分の時間はボロボロで固くなった弁を丁寧に取り除く作業だったらしい。奇麗に取り除かなければ、少しの断片が残った場合、いつか心臓から剥がれ、体内を回って脳に達し、やがて其れが血管を詰まらせて、脳梗塞を引き起こす事になると言う話しだった。

何とも恐ろしく、しかし医者の対応には感心させられた。

しかも、この手術をしなければ余命1年だったらしい、半年に一回の定期検診で機能低下が判ったのだから、何とも今の医学は進んでいると思った。

 

心臓の弁は豚の心臓弁を使用するのは知っていたが、今回はなんと牛の弁を使用し、15年は医者の保証付きだと言って知り合いは安心していた。

豚の予定の時はもう一生、豚は食べないと言っていたが、牛は好きだからどうしようと言うので「心臓の牛の弁もたまには、親戚に会いたいだろうから、親戚に会うと言いながら食べれば良いよ」と言ったら「その手が会った」と喜んでいた。

 

しかし驚きは2週間でもう退院で、昨日連絡したらビール飲んで、シャンパン飲んで、刺身食べて「ガハハハハハハ、健康が一番や」と言っていた。

 

何とも医学の発達には頭が下がる思いがした。

 

蝉時雨

「シャーシャーシャー」と近所の氏神様の杜からようやく蝉時雨が聞こえ始めた。

今年は暑くなっても中々蝉の鳴き声がしなくて心配していたら、やはり自然界では限りなく生き物の営みが続いていた。

家から少し離れた所に氏神様の亀山八幡宮があり、そこから500m先に赤間神宮がある。

その赤間神宮の杜が紅石山で、標高が200mくらいの小山になっている。

そこから聞こえて来る蝉時雨は一段の大きな声が毎年するけど、今年は若干少ない。

ニュースによると今年の蝉は少ないとか。

昨年の猛暑、今年の東日本の大震災。私は自然の前には何も出来ない無力な人間と思う。自然に従わないと行けないのだと感じている。

上手に自然と付き合い、暑ければ涼しい工夫をして、と色々な工夫をして共存して行こうと改めて感じている。

7時前に自宅を出るときに、隣りにある現在改修中の旧英国領事館の工事中の網のかかった庭から、元気な蝉の声が聞こえた。

なにか、ほっとした気分になった。

 

体育会系 ラーメン屋

私が店に入ると「いらっしゃいませ」と1人の定員が言った。

すると他の店員も、調理場からも「いらっしゃい」「いらっしゃい」「いらっしゃい」がこだまする。

私がカウンターに座ると。

「新規さん、カウンター2番」「新規さん、カウンター2番」新規さん、カウンター2番」がこだまする。

店員が来て、何になさいますかと普通の声で聞かれてホッとした。

私「普通のラーメン下さい」店員「固さはどうされますか」

私「普通でいいよ」店員「かしこまりました。と、言ったと同時に

「2番さん、ラーメン普通で」

と言ったと思ったら、店内同時にあちらこちらから一斉に。

「2番さん、ラーメン普通で」の大合唱

其れからが大変だった。「お待たせしました」

「お冷やは如何ですか」

「後ろを失礼します、通ります」

お金を払って出口に差し掛かると

「ありあとうさま」大合唱。

もう良いですわ。

 

 

縁の強さ アモイに続く

かれこれ10年振りの藤原さんは少し太っていたが、昔のままだった。

その容貌の中に、何か中国大陸を連想させる茫洋な雰囲気が何処となく漂っていた。

現在は福建省廈門市(アモイ)に住居があり、治安もとても良い土地だと言っていた。私も上海浦東空港が開港された年にアモイに行ったが、とても奇麗で良い町だった。アモイの中心地は島になっていて、四方を海に囲まれた天然の要塞の様になっている。南方のリゾートと言った感じなのだ。

 

 

因に福建省から四川省、雲南省で、やがてミャンマー、ラオス、ベトナム遥かメコンデルタにつながって行く。そこはライスロードであり、現在の日本人の食卓に上る米、味噌、醤油の類い、納豆や豆腐、餅米等が原料のお餅類、ありとあらゆる物の原型が其処から端を発して日本に到来している。

だから、福建省や雲南省で気軽に食事をしても、大概の日本人は違和感を覚えないと思う。其れ位味覚がピッタリと合う。

同じ中国でも、山東省や遼寧省では全く味覚が違って来るので驚きだ。

しかしアモイの思い出は他にある。言語の違いた。

2007年の訪中時にアモイで仕事をした時の話。

中国から魚の加工品を輸入している会社から、中国での対日本向け魚加工の技術指導をして欲しいとの話しだった。日本から私と取引先の窪田君とその会社の中国人スタッフの淋さんの三人で行った。

アモイでの仕事だから福建省の言葉をしゃべれる通訳に上海から同行してもらった。

日本から同行の淋さんは黒竜江省出身で日本語が喋れる。上海で合流した陸さんも日本語と北京語と福建省の言葉を喋る。淋さんは日本語と北京語と黒竜江省の言葉を喋る。

同じ中国人を何故2人連れて行くのかと疑問に思ったが、それは程なく理解できた。アモイで仕事している時に現地人と陸さんの会話が全く淋さんには判らないと言う。

陸さんに聞くと、こんなに広い中国だと共通語以外では会話は成り立たないのだと言う。まるで小さな国が沢山寄り集まって出来ている合衆国だと言う。

私達は中国料理を1つの料理として扱うが、彼らは四川料理、北京料理、上海料理、広東料理等と何れを取ってもその個性は豊かだ。

料理も個性だが、北と南とではまるで人種が違って「南の小人、北の大人」と言われる様に体躯も違う。考え方も全て違う。

ある日、淋さんと陸さんが激しいぶつかり合いの口喧嘩をした。お互いに攻撃し合い、一歩も引き下がらなかった。

中国は広く、とてつもない国だ。

この中国で、藤原さんは闘ってきたのだ。渡航したては通訳を雇って仕事をしていたが、やがて騙され通訳に全財産を持ち逃げされたと言う。

一念発起し、中国語を勉強し、今では「おまえは、中国の何処の出身者か」と聞かれるまでに語学力が上達したと言う。

中国では騙される方が悪いと言われるらしい。騙す人は悪いが、騙される貴方も悪い、と言われる。

中国での25年。語るに語れない事が沢山有るのだろうと思った。