ジャスミン茶の香り 13

ジャスミン茶の香り13

私が大連を訪問したのが1992年5月10日からの1週間。

1989年から大連ではアカシヤ祭りを催していた。大連市の観光案内には以下の様に書かれている。

大連は昔から「東方魁城(東方のアカシアの都)」と呼ばれており、毎年5月になると一斉にアカシアの花が咲き誇り、町中がアカシアの香りでいっぱいになります。
1989年以来、5月下旬、大連が最も華やかになる頃にアカシア祭りが催されるようになりました。「アカシアの花は友情を結び、旅行事業の発展は、市の発展を促進する」というテーマを元にこの時期には国内外から多くの人が訪れ賑わいます。

私が訪中したときは開催を初めてまだ3年目だったのでそんなに華やかでなかったし、開催の一週間前と言う事で街は静かだった。

余談だけど、私の小学生恩師「飯田郁枝先生」は満州の奉天の出身(現在の遼寧省瀋陽)で1992年の訪中後に飯田先生を訪ねて大連のアカシヤ祭りの話をしたら、先生は「大連のアカシヤはニセアカシヤと言う種類なのよ」と教えてくれた。なんだかアカシヤも偽物なのかと思った記憶がある。

大連は其の昔、東洋の真珠と言われる程美しかったらしい。私が訪れた時は既に街は薄汚れた感じはしたが、それでもやはり「アカシヤの街大連」の呼び方がぴったりの感じだった。

滞在中に楊さんと2人で北京も訪れた。大連から北京は中国南方航空で移動した。おおよそ小1時間程度のフライトだったが殆どが中国人だった。飛行機の中で私がリクライニングシートを倒すと後ろの中国人が何か喚いて、足でそのシートを元に戻そうとした。流石にそれには驚いた。

当時の中国のお金は人民元と兌換券の二本立てで、中国人は人民元しか使えなかった。レートも兌換券の方が高かったし、私が中国で買い物をすると必ず兌換券で買ったら品代を安くすると声をかけられた。そんな通貨も1994年には人民元に統一された。

通貨も二本立てだったが、飛行機も中国国内は中国人専用と外国人専用通路と要人通路に別れていた。

北京では明の十三陵を見学し、万里の長城へ行った。

明の十三陵とは辞典にこのように紹介されている。

明の十三陵(みんのじゅうさんりょう)とは、中国北京市昌平区天寿山にある代の皇帝、后妃の陵墓群である。成祖永楽帝以後の皇帝13代の皇帝の陵墓があるため、この通称がある。このうち定陵は発掘され内部は地下宮殿として公開されている。世界遺産明・清王朝の皇帝墓群」の一部である。

私は万里の長城で願い事をした。私達の永遠の友情と繁栄を願った。

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