東京都文京区弥生

東京都文京区弥生1-1-1 そこに先生の研究室がある。

渡部終五(わたべしゅうご)先生、東京大学大学院水圏生物化学教授。http://spysee.jp/渡部終五/1199542/#lead

先生と最初にお会いしたのは西暦1999年の初冬だった。日本水産(株)大分海洋センター研究員の大高さんの紹介で先生と出会った。

ノーベル賞を受賞された南アフリカのシドニーブレナー博士の研究でフグの全ゲノム地図が完成されて久しい時期だった。

脊髄動物の殆どのゲノムが32億塩基あり、魚も人もその量を有している。しかしフグ族だけが4億塩基で8分の1の量だと言う。

であるならばフグのゲノムを読み取り、夫々の役目を解析でき、そのゲノムが何の役目をするかが判れば人類に貢献できると言う事が言える。

人間もフグも遺伝子の約9割は化石遺伝子でその役目は終わっているらしい。

1割の分析が出来れば,夢の様な事が判る可能性がある。フグを解析すれば4000万のゲノム分析で済むのだから、世界の科学者がフグを研究している。

そのフグ研究の開始元年に先生と出会った。

私が会社を創業したのが1992年の春。当時はバルブ経済が破綻した時期だったがまだまだ世の中の景気は良かった。フグも沢山獲れていて、東シナ海では豊漁が続いていた。しかしそれはロウソクが燃え尽きる最後に、明るく輝き、そして静かにすーと消える様な事の始まりでもあった。1年毎に東シナ海の漁獲は減り続け、済州島で漁獲されていたトラフグの仲間のカラスフグの減少、シマフグ、クロサバフグ、シロサバフグ等の資源がまるで谷底に落ちる様に減少していた。

1995年辺りから中国産トラフグの輸入がぼちぼち開始され、私は天然資源の枯渇と輸入物の増加で、日本の漁業行政の在り方にも疑問を持ち始めたのもこの時期頃からだった。

渡部終五先生にお会いしたこの時期は、まだまだ天然物も何とか入手出来た時期だったので、大高さんに紹介されて私は大いに喜んだ。

誰かが今、フグを研究しなければ絶滅危惧種になってからでは遅いと感じていたので、先生と今後の研究について全面的な協力を約束した。

続く

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