四川省の思い出

四川省攀枝花市(パンヂーファ)Panzhihuaの思い出

四川省攀枝花市(パンヂーファ)Panzhihuaと言う街に行くから大連に来いと楊さんから電話があったのが2008年だった。

その場所の事は下記にウキペディアからの参照を見て頂ければ大体の想像はつくと思う。

電話をかけて来て「モチヅキさん、パンヅーファンに行くよ」と何度も言う。それは何処かと訪ねたら「中国全土の地図を想像すると、鳥が大きく羽ばたいている姿になる。丁度四国の様な格好の左上」だと言う。四川省を言わないで「パンヅーファンに行こう」とだけ言うので余計に判らなかった。

黙って大連空港に来たら良いよ、とだけ言われて行って見て驚いた。

大連市から空路で1200km南下した場所だった。大連から一旦重慶に飛び、その後攀枝花市(パンヂーファ)の空港に行ったのだが、飛行機の窓から見える大地が、海の波の様にうねっていて、これが大陸プレートで、大きく言えば太平洋にアジア大陸が飲み込まれていると言うのはこの様子かと思わせるものだった。

四川省攀枝花市の空港の正式名称は「攀枝花保安営空港」で、驚いた事に標高が1200mの高地だった。

そんなの知らなかったと言ったら、豪快に笑い飛ばされて「ここは中国」と言う。「……..」判らん。

その四川省攀枝花市には一週間滞在し、そこから成都と昆明に滞在し思い出がとても深い。

その時の話しは後日、記したい。

四川省攀枝花市の事は以下に記しました。

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四川省の南に位置し、涼山イ族自治州、雲南省楚雄イ族自治州と接する。

この一帯は深い山の中である。市域の西には青蔵高原の東端に位置する横断山脈、東には大涼山山脈、北には大雪山脈といった高山が南北に走り、南は金沙江が通る。地形は西北が高く、東南が低い。

攀枝花市の東部には小相嶺-螺髻山-魯南山と続く山系、中部には氂牛山-龍肘山と続く山系、西部には錦屏山-柏林山と続く山系があり、いずれも南北方向で、間には大河が流れる。市域内の最高地点は西北部の塩辺県にある百霊山の穿洞子で、海抜は4,195.5mに達する。最低地点である仁和区平地鎮も海抜は937mと高い。市の中心部や工業地帯の海抜は1,000mから1,200mの間に広がり、農地は1,000mから1,800mにかけて広がる。

市内で金沙江と雅礱江が合流する。市域内は金沙江、雅礱江、安寧河、大河、三源河などの大河とその支流が深い峡谷を流れ、雄大な景観をなす。

歴史

攀枝花は1960年代の三線建設時代に毛沢東の大号令によって建設された人工的な都市である。

1934年から、攀枝花の鉄鋼の父と称される地質学者・常隆慶が金沙江一帯の山間部で地質調査を開始した。1939年に彼は宝鼎炭鉱と攀枝花磁鉄鉱山を連続して発見し、攀枝花の石炭と鉄鉱石を使った工場建設などの開発を提案した。

1954年、地質学者・徐克勤は南京大学の教授や学生を率いて四川省の地質調査と資源探査実習を行い、攀枝花鉱山の経済価値の高さを再確認した。1965年には攀枝花鉄鉱の開発が開始され、都市建設も始まった。当初は攀枝花特区と呼ばれ、後に渡口市と改められたが、1987年に攀枝花市に改称した。

四川省を流れる金沙江の最大の支流であるヤーロン川の下流に、全国で二番目に大きな二灘水力発電所が建設された。

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